リモート放送全盛時代と5G

リモート放送全盛時代と5G
2020年8月3日 ninefield

通常のスタジオ収録は生放送、収録放送といった番組の別を問わず「Skype」や「ZOOM」など、テレビ会議システムを使った「リモート」出演が盛んです。ニュース番組では専門家インタビュー、バラエティやワイドショーでは出演キャストと、司会者以外は全員リモートというケースも珍しくなくなりました。回線の容量次第で、コメントがぶつ切りになったり、突如、映像が「断」したりとアクシデントもありますが、番組によっては、こうした環境を逆手に取り、「演出」として、視聴者の受けを狙うしたたかな戦略も現れ始めました。コロナ禍が生んだ新たな制作手法と言えるでしょう。こうした「リモート出演」はいわゆる4GLTE以降の通信回線の技術革新が大きく寄与していますが、今後の通信環境の進化でますますこの流れは加速しそうです。その中核になるのが5Gです。



 

 



5Gって何~平成の放送現場は携帯とともに進化した

ご存知の方も多いと思いますが、5Gとは通信規格の「第5世代」という意味です。昭和の終わり頃に出た「ショルダーホン」と呼ばれる肩からぶら下げるタイプのアナログ携帯電話が「第1世代」で、「第2世代」は回線がデジタル方式に変わり、NTTドコモの「iモード」など、インターネットの利用が可能になりました。第3世代(3G)からはスマートフォンが登場。現在、主流の第4世代(4G)では、動画などの大容量データも快適に扱えます。端末も通話中心のガラケーからスマートフォンへメインが移り、多機能化はもはや当たり前になりました。

テレビをはじめとする映像の世界でも、第2世代までは主に現場と本社の連絡用でしたが、その後、放送各社が相次いでi-modeなどのサイトを開設。報道制作だけでなく、営業や編成でも積極的に導入し、「放送外収入」向上へ結びつける動きが加速しました。そして4Gではついに現場中継への運用がスタートします。

それまでの中継はFPU(フィールド・ピックアップ・ユニット)と呼ばれるSHF波(UHFの一段上の周波数帯)の送信機を積んでいるか、SNGと呼ばれる衛星送信機を積んだ車が必須でした。立ち上げるのに、大掛かりな作業が必要な上、FPUの場合は、障害物があった際、周辺の地形を考慮して、反射波を使うなど、設定は複雑を極めました。SNGに至っては免許が必要で、他局との回線予約の競合もあり、FPU、SNGともに、誰でも気軽には扱えませんでした。4G中継は携帯電話の通じる場所なら、どこでも中継できるため、この短所が解消され、数年前までは、最低限5人前後は必要だった中継が、ディレクターとリポーターだけで成り立つようになりました。5Gはさらにこれの上を行くもので、放送現場にさらなる革命をもたらすと言われています。

 

5Gは放送現場をどう変えるのか

5Gは、700MHzから28GHzまでのさまざまな周波数帯の電波が通信規格です。電波が持つ性質として、周波数が低いほど広い範囲をカバーしやすく、高いほど多くのデータを伝送できます。例えば、首都圏のラジオの場合、TBSやニッポン放送など、周波数の低いAM波(中波)は夜間を中心に全国一円で聴けますが、音質は今一つです。逆にFM東京やJ-WAVEのように周波数の高いFM波(超短波)は、高音質ですが、聴取エリアがほぼ関東に限られます。5Gは、こうしたそれぞれの周波数帯が持つ特徴を組み合わせることで、利用用途は、従来とは「段違い」に広がります。

28GHz帯の電波は割当て幅が大きいため、大容量のデータ伝送に適していて、スタジアムなど多くの人が集まる場所の通信やライブ配信などへ活用できますし、比較的周波数の低い700MHzなどでは、建物の影などにも回り込みやすく、受信感度は格段に上がります。言い換えれば、現状では最強の通信規格といえます。

放送現場に目を転じると、何といっても遅延がほとんどありません。従って膨大な量のケーブルでつなぐ必要があったテレビ中継の現場がどんどんワイヤレスになっていき、機動性は大幅に高まると期待されています。さらに、機器をリアルタイムにモニターする用途にも活用でき、4Kカメラの映像を複数箇所同時にワイヤレスで制御することも夢ではなくなるでしょう。

遅延が無いということは、現状、4G回線では不向きとされている「クロストーク」や、タイムラグによる「不自然な間」といったトラブルは限りなくゼロに近づきます。冒頭で触れた「映像のフリーズ」や「タイムラグ」などアクシデントを逆手にとった演出手法はもはや、通用しなくなるかも知れません。

 

素人でも5Gストリーミングは可能だが…

これだけの素晴らしい性能を持つ5Gですから、素人でもクオリティの高い配信が出来てしまいます。常時接続はもはや前提と化し、伝えられる情報がどんどん皮膚感覚的になって、離れた地点にいる複数の人がまるで同じ場所にいるようなコミュニケーションも可能になります。

しかし放送局や制作会社にはこれまで培ってきた「膨大な情報を瞬時に面白いものに変える」伝統芸があります。すでに一部のケーブルテレビ局などは始めていますが、放送局の素材だけではなく、一般市民が発信する情報も上手に絡めて編成することこそ、今後、プロの仕事として求められてくるのではないでしょうか。

さらに、5Gの普及はローカル局にとっても、千載一遇のチャンスと言えます。5G時代の到来は、エリアに特化した「ローカルの知識」を全世界の視聴者が欲求することにつながります。地域に伝わる伝統行事や隠れた観光資源をまるで「その場にいるように」体験できる技術は、多くの視聴者を引き付け、地元の良さの再発見にもつながるでしょう。ひょっとしたら5Gの映像をキッカケに、来訪者が急増する嬉しい誤算につながるかも知れませんし、ローカル局にとっては、キー局とは違った強みで、存在感を増すことになります。

 

5G時代のプロの心構え~より「個」を意識したコンテンツづくり

これまで、特に地上波のテレビ番組の制作者は、視聴率の呪縛から、より多くの人に見てもらえる様、いわば「百貨店型」の番組作りを意識させられてきました。しかしBSやCS放送がスタートし、「専門店型」の萌芽が少しずつ芽生え、インターネット時代になって、ターゲットのピンポイント化はさらに加速しています。

放送、通信問わず、これからは「個」を狙った番組作りが、視聴者の心を強く揺さぶるでしょう。現役の制作担当者は、視聴者に対して、どれだけ「個」を意識しながら、番組をつくることができるかが問われています。そして、生まれた時から携帯電話やインターネットがある「デジタル・ネイティブ」世代が、制作会社を含む放送の世界にどんどん入り込んでいる今、彼らと「メディアとしてのテレビ」がどんな化学反応を見せるのか。5Gという「白馬の騎士」の登場で、逆襲に転じ始める…。これからテレビの世界へ身を投じようとする人たちは、新技術の導入で新たな企画力が求められてくる時代に入って来たと感じています。

 

テキスト:ナインフィールド
ディレクター 村松 敬太